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うわさをすればのフェルメール

2009.10.28 12:50|日々
先日、「青いターバンの少女」の絵のことにちょこっと触れたと思ったら、
なんと、2012年に当該の絵が来日するというのだ。
今日の朝日新聞の一面にその記事が出ていた。

うわ~~~!!!
だいぶ先だけど楽しみすぎる!!!!

ものすっごい混雑するんだろうな。

それでも、絶対に見に行かなければ。
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ハプスブルク展など

2009.10.26 02:33|日々
今週末は金曜日から東京。割と久しぶりだった。
東京の良い所はたくさん歩くところかな。
その反面、靴がすぐにすり減ってしまうのがね。もったいない。


土曜昼は、ハプスブルク展へ。
これが、すごく良かった。
政治的には無能だった(とWikipediaに書いてある)
神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の肖像画から始まって、
ラファエロ、ティツィアーノ、ブリューゲル、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント・・・と、
名前だけは聞いたことのあるような画家の作品がずらりと並んでいる。

歴史上有名な王族・・・マリア・テレジアやエリザベートの肖像画もある。
オランダ・フランドル絵画も好きだなあと思った。

エリザベートの肖像画は、女性の人だかりができていた。
いつまでも人気があるのが分かる気がする。私も見入ってしまった。
強いまなざしに、単なる美女ではない、現代女性に通じるものを感じるからだと思う。
旅をしたままいつまでも帰ってこないエリザベートを待ちながら、
一方通行の手紙を書き続けた夫・フランツ・ヨーゼフ1世の不憫ささえ、彼女を引き立てるのよね。

ベラスケスの「白衣の王女マルガリータ・テレサ」。
荒々しいようなタッチが、離れた所から眺めると髪やドレスの質感をよく表している。
そんな画風が新しい風となった画家だそう。
王女の顔立ちはあくまで優美に、あどけなくて。大事に大事に描いたんだろうな。

オランダ絵画。
ライスダールの風景画が好きだと思った。
オランダはハプスブルク家の支配が弱まり、自治の精神が芽生えるにつれて
風景画や庶民の生活に目を向けた絵画が増えたそう。
そんな時代背景にも納得。
他のオランダ画家の肖像画といい、独特のくすんだ色づかいが
オランダっぽさを醸し出している気がする。
風景画の題材が、晴れた空ではなく曇った空ばかりなのと何か通じる気質でもあるのかな。
そういえば、同じ時代のオランダにはフェルメールがいたのですよね。
フェルメールの絵画「ターバンの少女」のターバンの青がはっとするほど鮮やかなのは
曇った空の下、くすんだオランダ色の中で切り取られた一瞬の輝きがまばゆいからなのかな・・・

オランダ絵画についてもっと知りたくなった。


土曜夜は、舞子の合格を祝ったのだけれども、
大学のサークルの3つも下の代の子がたくさん来てくれて、
この先二度とないんじゃないかというメンバーの飲み会になった。


日曜夜は、みっちゃんとりゅうすけくんと食事して帰る。

山村会議を終えて

2009.10.06 17:10|山村会議2009
山村会議が終わり、抜け殻状態だったのですが、9月30日に司法書士試験の結果発表がありまして、残念ながらもう1年挑戦をすることになりました。
まずは生活のサイクルを夜型→朝型に直し(これはHS時代からずっと続いていたのですが)、ならし運転のように勉強を再開し、ようやく安定したリズム感を得てきたような気がします。


自分にとって、3年前の越後妻有トリエンナーレほど、いや、それ以上の感慨と得るものを与えてくれた山村会議でしたので、総括していきたいと思いますが、いろいろとやることも迫っていますし、今週の土曜日に地元の方と打ち上げがあって、そこでもまた考えが深まるだろうと思いますので、それを待ちたいと思います。

少しだけ言っておくとするならば、これまでの自分にとり、何かをやりたいとやってきたものは、近い世代の仲間内だけのことであったものが、この山村会議では、いずれ去りゆく世代の方から沢山のことを教わり、その尊さ・惜しさを知ったということ。そして、知っただけでなく、そこにはやり取りがあり、平井さんの言葉を借りれば「何かを受け取ってしまった」ということ。
その感覚は、3年前に越後で味わった名も知らぬ土地の人との交流を超えました。越後のお年寄りにはもう二度と会いに行けないけれど、粥川の方々には会いに行けるし、名前を知ってもらっています。これまでに多くの言葉のやり取りがあり、責任も生まれています。

R1055481s.jpg

人生の中でこのような機会に恵まれたことについて、幸せを感じます。
返せる人間になるように努力したいと思います。
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